2009年09月23日

原田正文『完璧志向が子どもをつぶす』ちくま新書

完璧志向が子どもをつぶす 以前、職場の先輩に著者の別の本『育児不安―思春期に花ひらく子育て』を借りて読んだ。私が自分の子どもを持つのはまだまだ先になりそうだが、そのときが来るときまで肝に銘じておきたいと思える心得がたくさん書かれていた。「大阪レポート」と題された研究報告を、一般読者にわかりやすく示してくれている。本書は「大阪〜」から約二十年後に実施された「兵庫レポート」を、「大阪〜」と比較しながら分析し、現代の子育てはどうあるべきかを教えてくれる。強調して書かれていたのは、完璧な人間などいないのと同じで、満点の子育てなどないということだ。人間関係が希薄になった現代、情報不足により、自分の子育てに不安を持つ親が非常に多い。その不安定な感情が、愛情を持って接しなければいけない我が子に向かってしまう。そんな負の連鎖を断ち切るためにも、ネットワークの輪に参加し、情報を共有しながら、地域社会として子どもを育てる必要がある。その一員としての自覚を持ち、これからも教育に従事していきたいと思った。 Amazon


posted by ryoukana at 20:40| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月22日

石田衣良『美丘』角川文庫

美丘 読書が趣味の平凡な大学生太一と、病魔に冒された美丘。恋人たちの悲しい物語。設定としては『世界の中心で、愛をさけぶ』や『恋愛寫眞―もうひとつの物語』に似ているので、食傷気味と思う方もいるかもしれないが、本書はそれをスパイスとして使っている。作中で美丘が『世界の〜』を嫌いだと感情を露わにするシーンが描かれているのだ。その登場人物と同じように死んでしまう未来が想像できるから。人物描写として巧みだ。一方、太一は若さ故に死を迎える当人ほど平静ではいられない。最後の生まれ変わりの意味もわからないではないが、やはり少し青臭かった。ただ、それを差し引いても、心に沁みる作品だった。中盤、太一は麻里という才色兼備の同級生と別れ、美丘と結ばれることになる。そのときの台詞が印象的だった。−誰かを選ぶことは、誰かを傷つけることでもある。その勇気はもち続けなければいけないし、悪や痛みは引き受けなければならない。− Amazon
posted by ryoukana at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小出義雄『愛のコムスメ操縦術 彼女たちをやる気にさせる方法』集英社

愛のコムスメ操縦術 彼女たちをやる気にさせる方法 あのマラソンの小出監督が、自身の経験を活かして、女性の指導方法を説いた本。といっても、堅苦しいものではなく、有森裕子や高橋尚子のエピソードを交えつつ、軽妙な語り口で読みやすい仕上がりになっている。もちろん、指導方法に限らず、人間関係を円滑にするためのヒントが詰まっている。大きな口叩ける立場ではないけれど、「このおっさん、きっとモテるんやろなぁ」と思ってしまうほど、女性の扱いに長けている。そりゃ、金メダルも獲らせられるよ。 Amazon
posted by ryoukana at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

松尾スズキ『同姓同名小説』新潮文庫

同姓同名小説 みのもんたや広末涼子など、実在する有名人と同姓同名の人物が登場する小説。同姓同名であることに意図がないわけはなく、明らかに皮肉った内容なのだが。執筆時の精神状態のせいなのか、それとも作風なのか、かなりぶっとんだ内容になっている。読んでいて少し目眩がするような感覚に襲われた。ブラックな笑いを求めていて、この文体についてこれる方にはちょうどいいかもしれないが、私にはちょっと合わなかったようだ。何かを深く考えるとかそういう方向に心が動いていかなかった。 Amazon
posted by ryoukana at 21:33| Comment(2) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

丸谷才一、山崎正和『日本語の20世紀のために』文春新書

日本語の20世紀のために 作家でもあり評論家でもある二人が、日本語について対談。それを生業にする者としてはとても興味深く読むことができた。特に「日本語教育への提案」と冠せられた第三章は、日々の実践に活かしたくなるようなヒントが多く含まれていた。例えば、作文の問題として、「にもかかわらず」などの、文章と文章をつなぐ慣用句を五つ提示して、それを使って猫の短所と長所を書けというもの。まず、語句の意味を理解していないといけないし、論理的に接続させられるように文を配置しないといけない。採点は大変だが、いつか挑戦してみたい。ただ、本書には一つの難点が。対談している二人の態度が鼻につくのだ。大上段に構えて、「自分たちは何でも知ってるんだぞ」という感じ。権威アレルギーのある人には少々味が濃いかもしれない。 Amazon
posted by ryoukana at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

内田樹『私の身体は頭がいい』文春文庫

私の身体は頭がいい 内田樹は武道家でもある。居合いや合気道の稽古を日常的に重ねる思想家だ。私は今まで武道には門外漢であったので、話がよくわからないことも多々あったが、反対に興味深く読み進めることができた。読み終えたときには「合気道をやってみたい!」と思えたほどだ。まったく単純である。何より身体論に関する考察が面白い。たとえば、刀で物を斬るとき、「これを斬るのだ」と意識してしまうとダメらしい。なぜか。その意識が「力み」となり、持てる能力を充分に発揮できないから。斬ろうと思うのであれば、斬ろうと思ってはいけない。なんとも逆説的な考え方だが、なるほど腑に落ちる。これ以外にも目から鱗が落ちる論が満載。自分と関わりの薄い分野でも面白く読ませる内田樹。今度はどんな世界を見せてくれるのか楽しみだ。 Amazon
posted by ryoukana at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月21日

東野圭吾『むかし僕が死んだ家』講談社文庫

むかし僕が死んだ家 森の中にひっそりとたたずむ一軒家を舞台にしたミステリー。物語序盤の段階で、登場人物の一人である女性が、何らかの形でこの家の持つ記憶に関わってくるのだろうなと予測できたが、それをなかなか明確にしてくれないところが、東野圭吾の憎らしいところだ。仄めかし隠ししながら最後の最後まで引っ張られてしまった。その上、話をただの謎解きで終わらせるのではなく、虐待の連鎖というテーマを織り込んで深みを与えている。それだけではない。この家の事件とは一見無関係に見える、もう一人の登場人物。彼の過去もまた"家”とは切り離せない設定となっており、さらに重層性を増している。東野圭吾は人生の隙間を埋める娯楽を与えてくれる作家として第一級である。 Amazon
posted by ryoukana at 22:51| Comment(0) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。