2009年11月22日

恩田陸『黄昏の百合の骨』講談社文庫

黄昏の百合の骨 『三月は深き紅の淵を』『麦の海に沈む果実』と関連性のある本書。その二作を読んだのはたぶん五年以上前のことであり、記憶もおぼろげであったから、解説を読んだところ、繋がりも陽炎に包まれたように曖昧と書いてあったので、胸をなで下ろした。読んでいて、もっと背景を説明してくれればと思うようなところはあったが、単独作品としても充分楽しめた。「魔女の家」と呼ばれる丘の上にたたずむ洋館には、悪意と謎が渦巻いている。主人公である高校生理瀬は、自らの命の不安を覚えつつも、館の秘密を暴くことに成功する。きつい匂いと暗いじめじめとした空気が感じられるような文章。一番「魔女」なのは理瀬自身なのではないかと思わせる結末。これは安直な意見だろうか。 Amazon


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梨木果歩『家守綺譚』新潮文庫

家守綺譚 若くして逝去した親友の遺した家に住むことになった「私」。時代設定は明治三十年代か。日本家屋とはかくあるべきといった趣の住まいに、さまざまな怪異が勃発する。狐に化かされ、河童や人魚が出現する。さらには亡くなった親友までもがあの世から掛け軸を通じて現れる。「私」を含む登場人物はそれを当たり前のように受け入れ、生活していく。もはや「怪異」は「怪異」ではなく、この話も「奇譚」ではなく「綺譚」なのだ。未知なるものを未知なるままで捨て置かず、自分に取り込む。それが現代人に失われてしまった能力なのではないだろうか。夏目漱石の『夢十夜』のような不思議な異空間に迷い込むような感覚を満喫できる良作だった。 Amazon
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石原千秋『国語教科書の中の「日本」』ちくま新書

国語教科書の中の「日本」 小中学校で実際に使用されている国語教科書を分析。採録されている作品の共通点は何か?そこから見いだされる問題点は何か?『国語教科書の思想』では“「道徳」や「教訓」を読み取り、「従順な」子どもを育てること”と読み取ったが、今回も感じたことはさほど変わらなかった。というよりも、引用されている作品を読むのが楽しくて、論旨をおさえる作業を怠ってしまったかもしれない。なぜか?あの頃から現場経験を積み、理想を掲げるのも大事だが、目の前の生徒の実態に合わせる方がもっと大事だと思うようになってしまったかもしれない。もちろん、理想は捨てたわけではない。だけど、だけど。 Amazon
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市川拓司『世界中が雨だったら』新潮文庫

世界中が雨だったら 市川拓司の著作を読むのは『恋愛寫眞―もうひとつの物語』に続いて2冊目。今作は表題作を含む三編からなる作品集。「死」と「永遠」が作品に入り込んできているが、それぞれ違う形で表れている。『琥珀の中に』は、死体を隠すために透明樹脂の中に閉じこめる話。「死」を「永遠」のものにするということだろうか(そもそも「死」は「永遠」なのだが)。『世界中が雨だったら』は、級友に虐げられた少年が自殺する話。自らの「死」によって、「永遠」に消えない何かを人の心に残した。『循環不安』は立て続けに二人の人間を殺してしまった男が逃走する話。彼は殺人の裏で縁談がまとまりかけていた。「永遠」を「死」によって逃がしてしまったとでもいうべきか。簡単にまとめてしまったが、それぞれにもっと深まりはある。ホラー要素もあり『恋愛寫眞―もうひとつの物語』のような胸の痛みを期待していると面食らうかもしれないが。 Amazon
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東野圭吾『名探偵の呪縛』講談社文庫

名探偵の呪縛 前掲『名探偵の掟』の主人公が再び登場する。今回も作品世界における「推理」や「謎」に矛先を向けている。しかし、毛色がかなり違っている。なぜ殺人が起こるのか?なぜこの街は存在するのか?登場人物が生きる「謎」の多い「世界」そのもの自体が「謎」とされ、読者は最後の最後でその解明を見ることとなる。現実世界から非現実世界へ迷い込むというファンタジー的要素は含むものの、そもそも小説自体が虚構。単純なミステリー小説として読んでも充分に面白いし、単なる謎解きで終わらせないあたりは作家としての意地を見た気がする。 Amazon
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2009年11月19日

東野圭吾『名探偵の掟』講談社文庫

名探偵の掟 東野圭吾による異色の推理小説。推理小説と言えば、「密室」「バラバラ殺人」と「お約束」がつきものだが、本作では、それらのお約束を忌み嫌う。しかも、作中で登場人物が作品世界を飛び出してぼやきだすのだ。こう書くと荒唐無稽な印象を受けるかもしれないが、そこは東野圭吾。中盤は少々中だるみの感がするものの、ところどころにうむむと唸らせる仕掛けを施しており、読後感は爽快だった。特に、最後の事件『最後の選択』では、記述を忠実に読み解かなければ一体何が起こったのかわからないような展開が待っており、これはまさに「文学」だと感じた。東野圭吾、多彩である。 Amazon
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内田樹『下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉』講談社文庫

下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉 何冊か続けて内田樹の著書を読んできたが、今回は教育に焦点を当てているということもあり、一番読み応えがあった。特に子どもたちの学習意欲の低さについて切れ味鋭く論破しているところが、心地よかった。私の拙い頭脳でその論旨を説明できるかは心許ないが、ほんの少し試みたい。まず最初に、子どもたちは怠惰なのではなく、むしろ全力で学びから逃走しているということが挙げられている。その根底にあるのは「等価交換」の原理だ。現代の子どもたちは、幼いころから金銭を手にし、「消費者」としての役割を与えられている。そして、その意識を持ったまま学校へと入学してくる。しかし、そこで子どもたちは直接には教育と金銭を交換することができない。仕方がないので、金銭のかわりに「不快」を交換するのだ。つまり、教育や授業の価値を自分で判断し、そこで支払う我慢という不快に見合うだけの効果が得られるのであれば、その授業は集中して受ける。しかし、例えばその内容が10分間の我慢にしか見合うものでないと判断すれば、子どもたちは徹底的に「値切り」を行い、あとの40分は授業を聴かないことに全力を尽くす。そうすることが消費者としての正しい態度だからだ。そして、さらにこの現象を「自己決定・自己責任論」が下支えする。これの原則は「自己決定した結果、自分に不利が襲いかかっても、自分で責任をとる」というものだ。数年来この考え方が異様なまでに浸透してきた我が国では「誰にも迷惑かけないんだからいいでしょ?」と言って横暴を働く者を許さざるを得なくなってしまっている。ここまで見てくると、子どもたちの学習意欲の低さは、個人によるものではなく、むしろ社会が作り出した特効薬のない悪病である。と、かなり乱暴にまとめてしまったが、本書ではもっと緻密に論を重ねて考察しているので、少しでも興味の湧いた方は、是非実際に手にとって読んでほしい。 Amazon
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